「――少し、歩かないか?」
 夕食を済ませた店を出て、賑やかな通りを逸れた道を更に逸れる。
 尋いておきながらその男は、こちらの了承も待たずに歩き出した。このままこの道を行っても土手に出るだけのはずだ。
 妻が友人と食事に出掛けてしまったため、近くの蕎麦屋で夕食を済ませようと家を出たら――見計らったようにこの男と出くわした。そのままいつものように強引に、店へと連れ出されて今に至る。
 残暑は少し落ち着きを見せ、湿気の和らいだ風が心地良い。散歩には適した夜だ。
「おぉ、もう虫が鳴いているじゃないかッ」
「立秋はこの前過ぎたからね。暦の上じゃもう秋だ」
 視界が開けた先は案の定行き止まりで、土手沿いに道が続いているだけだった。男は構わず足場の悪い土手の斜面を登って川を見下ろせる歩道に立つ。
「月が綺麗だ。三日月だなぁ。うん、綺麗だ」
 冴えた明かりを浴びるように、漸く足を止めた男は空を仰いだ。
「次の満月が丁度十五夜だな」
「いつ?」
「九月十二日だよ」
「そうか、じゃあ――」
 悪戯っぽい笑顔で、無邪気な探偵は珍しく約束を切り出した。

【中秋の夜宴】

 そして九月十二日。
 朝食が済むと、妻はまた台所に引っ込んでまた別の料理に手を付け出した。
 お茶を所望しに台所に出向いたら、ほんのりと甘い匂いに鼻先を擽られる。
「何を作っているんだい?」
「月見団子ですわ。十五夜ですし」
「あぁ、なら少し多めに作っておいてくれないか? 折角だから神社にも奉納してこよう」
「元からそのつもりです。味は実家のには敵いませんけれど」
「自分で作るからそう思うのだろうね。敵わない、という思い込みがそう感じさせる」
「まぁ」
 小さく笑って妻は、漸くこちらを振り返った。
「でもあなた、そんなこと仰りに来たわけではありませんでしょう?」
「ん? あぁ…そうだった」
「今丁度お湯を切らしてしまっていますから、用意できたらお持ちしますわ。少しお待ちになって下さいな」
「じゃあ、頼んだよ」
「そうだわ、それと――」
「何だい?」
「すっかりお話するのを忘れていたのですけど……」
 細い指を顎の先に添えて、ほんの僅かだけ妻は首を傾げる。
「十五夜ですし…折角ですから今夜は雪絵さん達をお誘いして家でお月見なんていかがですか? この前お食事した時に雪絵さんにはお話してあるんですの。私ったらあなたに尋かなければってずっと思っていたのに忘れてしまっていて――」
「あぁ、そんなことか。僕は構わないよ」
「良かった。敦子も来れたら良いですわね」
「来るのか?」
「仕事次第だって云っていましたわ」
「来たって片付けくらいしか役に立たないだろう」
「まぁ、手厳しいこと」
「正当な評価だよ」
 踵を返しながらそう応え、台所を後にしようとして足を止めた。
 三日月の夜に交わした約束を、あの男は果たして憶えているのだろうか。憶えていないかもしれない。けれど。
「千鶴子」
「はい?」
「月見料理だが――多めに作っておいてくれ。突然の来客がありそうな気がする」
「諒解りましたわ。賑やかになるといいですわね」
「月を愛でるどころではなくなっては元も子もないがね」
 苦笑しながら台所を辞した。
 来客には、少し、希望もあるだろうか。
 座敷に寄って読み止しの本を手に取ると、そのまま店に足を向ける。鍵を開け、空気の入れ替えのために戸を開けるとすっかり秋の匂いの風が流れ込んできた。
 いつもの席に腰を下ろして本を読む。
 穏やかに流れていく時間に流されているうちに、昼が過ぎ太陽が傾いて少しずつ西の空に朱色が滲み出した頃客がやって来た。
「今日和。少し早いかとも思ったのですけど千鶴子さんをお手伝いできるかと思いまして」
「あぁ、雪絵さんお久し振りです。それにしても――」
「御無沙汰してます、師匠」
「鳥口君とはまた変わった組み合わせだなぁ」
「実は関口先生に原稿のお願いに来たらお二人でお出掛けのところだったんですわ。聞いたら師匠の処に行くって云うんで御一緒させてもらったんです」
「それは良いとしてもだね、君は一体何度云ったら僕をそう呼ぶのを直してくれるんだい?」
「うへぇ、こいつは手厳しい」
「愚妻なら奥にいます、どうぞ上がって下さい。――鳥口君、僕は店を閉めてから行くから雪絵さんを玄関に御案内して差し上げたまえ」
「諒解りました」
「おい」
 そして、漸く第三の来客が口を開く。
「おい、京極堂」
 何処か必死に呼び止める声に、主は今初めて気付いたかのように振り返った。
「どうして君はいつもそうやって雪絵や鳥口君には挨拶をするくせに僕にはだな……」
「あぁ、何だ関口君じゃないか。居るなら居るで君も挨拶くらいしたまえよ」
「うう」
「本を所望しに来たわけではないのだろう? 僕はさっき鳥口くんに云った通り店を閉めなきゃならないから君も先に母屋の座敷に云っていてくれたまえ」
「うう」
 唇の端だけで小さく笑い、関口夫妻を伴って母屋の玄関へと向かう鳥口を送り出し店を閉めた。
 外に出ると、思っていた以上に西空は朱色に侵食されている。
 遅れて自分も座敷に向かえば鳥口と、それから古い知人の姿が彼の定位置にある。彼の妻は妻と供に台所に向かったのか姿が見えない。
「今日は十五夜だったんだな。雪絵に云われるまですっかり忘れていたよ」
「曲がりなりにも小説家なら君もそのくらいの風流事にはもっと敏感になったらどうだい? 中秋の名月の日を失念するとは感心しないなぁ」
「だ…だからこうしてだな」
「鳥口君もそろそろ考え直したらどうだい?」
「うへぇ、相変わらず辛口っすな師匠は」
 いつもの席に腰を下ろすと主はいつものように本を手にして読み始めた。いつもの、見慣れた風景だ。
「今日は…他にも誰か来るのかい?」
「敦子は来るかもしれないな」
 それから暫くの間、本を読み耽る主の傍らで客人は雑談を交わし、主が時折それに口を挟んだりを繰り返して時間を浪費する。
 十八時を過ぎた頃になると、何処からともなく食欲をそそる匂いが漂ってきて奥方達が食事を運んで来た。
「お待たせしました」
「あなた、神社へお供えする分も用意出来ましたけれど――」
「その盆がそうかい?」
「お料理はそうです。まだお団子が台所に。どのくらいお持ちになるのか聞いてからにしようかと思いまして」
「そうだな…五個程度で十分だろう」
「じゃあ、今お持ちします」
「いや、僕が行こう。そのまま神社へ置きに行ってくるから用意が済んだなら先に始めていたまえ。――鳥口君、すまないが手を貸してくれないか? 神社までその盆を持って来てくれるだけで良いんだが」
「いいっすよ」
「そんな、私が参ります」
「気にせんで下さい。急に来て御迷惑お掛けしてるのは僕の方なんで」
「関口君に頼んだのでは届ける前に引っくり返されそうだからな」
「うう」
「鳥口君、玄関で待っていてくれたまえ」
「諒解りました」
 台所に向かい、浅い小皿に五個を形良く積んで玄関に向かう。
 靴を履いて待っていた鳥口を伴って、すかっり夜の帳の下りた外に出た。
「今日は明かりも要らないだろう」
 思った通り外は月明かりで闇が薄められている。
「うへぇ、月が丸い。真ん丸っすな」
「十五夜だからね」
「そうですな」
 太陽よりも柔らかい、冴えた明かりが夜道を照らしていた。
 その月明かりを頼りに少し歩いた先の神社に出向く。木木が暗い影を落とす石段を上り切ると途端に視界が開けて月光が目に染みた。
「うへぇ、良い眺めっすねぇ」
「だろう?」
「こりゃあいい。ここで月見したっていいくらいじゃないすか」
「まぁね。ただ人数分の料理を運んだりを考えるとなぁ」
「あぁ、そうですな。そいつは残念」
「料理はそこの拝殿の軒先でいいだろう」
「ススキが欲しいっすな」
「――…そうだな」
 小さく、柔らかな笑みを口許に浮かべる。
 その横顔が意外で鳥口は声を掛け損なった。
「さて、戻るとしようか」
 踵を返して古書肆は玉砂利を鳴らし家に向かう。その背中を慌てて追い駆け追いついて、月明かりに照らされた夜道を引き返した。
「ただいま」
 カラカラと音を立てて玄関を開け閉てし、歓談の声の聞こえる奥座敷に向かう。
 縁側の、出入りの邪魔にならない位置に月見料理が備えられ、観月の為に襖は開け放たれていた。
「お帰りなさい。今日はあまり風も冷たくなくて本当にお月見にぴったりな日ですわね」
「そうだな。――何だ、待っていたのかい?」
 卓袱台の上に並んだ料理は手付かずのまま、湯飲みに注がれたお茶だけが僅かに減っているだけだ。
「せっかくですから皆さんでいただきましょうって雪絵さんたちも仰って下さいましたから」
 それぞれが座に着いたところで食事が始まると、相変わらず鳥口はがつがつと音が聞こえそうな健啖振りを見せた。
「いやぁ、美味いっすな。食事は百聞に如かずだ」
 相変わらず出鱈目な諺で関心する。
「綺麗なお月様ですね」
 ふと庭に視線を投げた雪絵がこぼした。
「まぁ、本当に綺麗」
 深い藍色の空を柔らかく照らす、冴えた明かりに暫し見入る。
「ススキがないのが残念だなぁ」
「すみません…本当に、私ったらそれをすっかり失念してしまっていて」
「あ、いえ――その、僕はそんなつもりじゃあなくて……」
 古書肆の細君が恐縮すると逆に冴えない小説家は言葉を詰まらせた。
「気にすることはないよ。月見はあくまで月を愛でるものだ。ススキはあれば確かに風流だがなくて困るものじゃあないからね」
「そうですけど…矢張り物足りませんわね」
 夫の云い分に苦笑して応じつつもう一度月を眺め遣る。
 本当に、あったからといって月の見え方が違うわけではないのだけれど――少し物足りないのが残念だった。折角こうしてお客を迎えての賑やかな食事なのにと思ってしまう。
 そこへ。
 庭の砂を踏む靴音。
 玄関ではなく直接人のいるこちら向かってくる。
「客…ですかね?」
「闖入者と紙一重だよ」
 誰かを察した主が苦笑した。
「闖入者すか?」
「うわははははははは!」
「うへぇ!」
 いつも豪快に音を立てて開ける襖が既に開いている代わりに、思い切り靴のまま縁側に片足を乗り上げる。片手には、上質な和紙に包まれたままの――恐らく一升瓶と。
「どうだススキだッ!」
 もう片方の手にススキ。
 それを、縁側に叩き付けるように落とす。
「え…榎さん?!」
「大将じゃないすか」
「ん? 何だ鳥ちゃんにサルがいるじゃないか。僕よりも先に千鶴さんの料理に手をつけるなんて失礼千万だッ」
「あのなぁ、あんたの登場の仕方の方が余程失礼千万だよ。いいからさっさと靴を脱いで上がるなら上がって縁側がいいならそこに落ち着きたまえよ」
「やあ千鶴さん久し振り。こんなこともあろうかと僕はちゃんとススキを持ってきたのダ」
 小言をいつものように聞き流して、突如として現れた探偵は縁側に腰を下ろして靴を脱ぐとポケットに入れていたハンカチで先程靴のまま乗り上げた廊下を拭ってからいつもの席に腰を据えた。
「持って来たって…持たせてきたの間違いでしょうに」
「益田君じゃないか」
「あぁ、関口さんお久し振りです。もう聞いて下さいよ。このオジサンってば突然出掛けるから付いて来いって引っ張り出した揚げ句ススキだススキって叫んだかと思ったら川辺でススキ刈りですよ? しかも刈るのは僕に押し付けて自分は土手の上の処であれだこれだ指図するばっかりでちっとも刈りやしないんです」
「馬鹿者。そんなこはと下僕の仕事であって神のすることじゃあないッ!」
「始終こんな調子でしょう? お蔭様で僕ァ今日だけでいやに虫に刺されましたよ。あちこち痒くてかなわんです」
「うへぇ、そりゃ災難だ」
「え? あ…鳥口君?」
「久し振りですな」
「あぁ…うん、久し振り」
 愚痴をこぼし終えて少し冷静になって漸く認識した彼にややぎこちなく挨拶を返す。
 それは少し不自然に見えたけれど、関口は特に何も聞かず食事に手を付けた。
「突然すみません中禅寺さん。お邪魔します」
「今更だなぁ、君も」 
「あのオジサンが場を攫うんですよ、どうにも。僕ァいつも間に困るんです」
 苦笑して応じながら、鳥口が少し詰めて開けた場所に探偵助手も腰を落ち着けた。
「千鶴子、食べ始めたところですまないが――」
「はい、今榎木津さん達の分もお持ちしますわ。それとススキも花瓶に活けないと」
「じゃあお料理は私が。千鶴子さんはススキをどうぞ」
「やあ雪ちゃんじゃないか。こんばんは」
「御無沙汰してます。――じゃあ、少し失礼しますね」
「そうだ。猪口があったら――…」
「僕は呑まないよ」
「シッテル。――何人?」
「六人だろう? 数くらい自分で数えたらどうなんだ?」
「僕は客だからいいのだ。――じゃあ六人分ヨロシク。今日はちゃんと手土産を持って来たのだ」
 紙を剥がすと高価な日本酒の名が記された一升瓶が現れた。
「こんなに綺麗な月が出て月見をするのに酒がないなんて勿体無い。宴会だ!」
 そうこうしているうちに、後から来た二人の客の前にも月見料理が並べられ、探偵の手土産の日本酒を傾けながら中秋の夜宴が始まった。
 酒が入ると客人たちは一層陽気になり、いつも口数の少ない関口も少しだけ饒舌になって会話に口を挟むようになる。普段酒を口にしない夫を持った妻たち二人も久し振りに酒を振舞われて頬を赤く染めつつ細かに気を配っては給仕を務めていた。
「月見と云うのは満月に限らず月を眺めて楽しむことを云うんだ」
「うへぇ、満月だけじゃないんすか?」
「そうだね。月を眺めて楽しむならそれは月見だ。三日月だろうが半月だろうが月見と云う。観月とも云うね。けれど狭義には旧暦の八月十五日――つまり今日のような十五夜と、それから九月十三日――十三夜の月見を指すね」
 料理も粗方食べ尽くされ、奥方達は少しずつ片付けをこなすため台所に引き上げた。
 残った客人は酒を、主は一人お茶の入った湯呑みに口を付けながら酔い潰れた小説家をそのままに月を眺めている。肴は十五夜の起源についての講釈。酒が入らずとも饒舌な古書肆は資料も紐解かずに続けた。
「この十三夜は日本独自の風習でね。十五夜と十三夜どちらか片方の月見しかしないのは『片月見』と言って嫌われたそうだ。だから二度目の逢瀬を確実に行うため、十五夜に異性を誘うという風習もあったらしい」
「それって風流なんですかねぇ」
 けけけ、と八重歯を見せて笑いながら卓袱台に突っ伏して月を眺める探偵助手が茶化す。
 ふぁ、と一つ大きな欠伸をこぼして目を閉じた。今夜は瞼に月明かりの気配を感じる気がする。
「下心満載すなぁ」
「先人達の知恵ではあるだろうね」
 卓袱台に頬杖を突いて主は苦笑する。
 その横顔を一瞥して、探偵は視線を追うように自分も月を眺め遣った。
 二度の逢瀬を交わす口実として利用された月。
 白銀の光は目に柔らかく、満月は嫌なものの影を薄めてくれる。
 会話が止むと途端に宴は失速し始めた。
 主がお茶を、探偵が酒を傾けているうちに気付けば探偵助手も鳥口も酔いが回ったようで卓袱台に付して寝息を立てている。
「まぁ、タツさんたら…すみません。起こして帰りますから」
 洗い物を終えて戻って来た雪絵が夫の隣に歩み寄り肩に手を掛けた。
「雪絵さん、酔っているし関口君起きないでしょうからこのまま今夜は二人で泊まっていったらいい」
「でも……」
「そして申し訳ないが鳥口君と益田君もこの通りで泊まっていくことになるから明日の朝餉の支度の時に千鶴子を手伝って遣ってくれると有り難い」
「私からもお願いするわ。――雪絵さん、是非泊まって行って?」
「本当にすみません。それじゃあ…お言葉に甘えさせていただきます」
「卓袱台を寄せて関口君達の床は此処に延べよう。雪絵さん達は隣の寝室を使って下さい」
「じゃあ今お布団お持ちしますわね」
「頼む」
「私もお手伝いしますわ」
「ありがとう、雪絵さん。じゃあこちらに――…」
 座敷と襖を隔てた寝室に奥方達が消える。
「榎さん、あんたも少し手伝って下さい」
「放っておけ。風邪引く方が悪いダロ」
「そうも行きませんよ。――とりあえず、あんたの下僕と鳥口君と関口君を畳に横にしてやって下さい。卓袱台を端に寄せて此処に客用の床を延べることにしよう」
「まったく下僕の癖に役に立たないじゃないか。マスカマオロカヤクタタズだ」
 文句をこぼしながらやや乱暴に、酔い潰れた三人を一度畳に転がして卓袱台を部屋の端に寄せる。
 空いた場所に一人分ずつ床を延べて寝かせてやり、酔い潰れた三人の世話を終えたところで妻達にももう休みよう促した。
「とんだ中秋の夜宴だなぁ……」
 自分たちの床をそれぞれ整え終えて苦笑する。
「お前、信じてなかったな」
「何をです?」
「約束だ。三日月の夜にしただろ、ちゃんと」
「忘れていると思ったよ。――今日まで、何も連絡して来なかったじゃないか」
「驚かそうと思ったのだ」
「満足ですか? それじゃあ」
「さあな」
 流石に冷たくなってきた夜気を襖で堰き止めた。
 虫の音が夜の静けさを強調する、秋の夜が静かに流れ出す。
「――京極」
 主の隣に設えた自分の床の上に胡坐を掻いて、今夜の月のように深く澄んだ鳶色の目で真っ直ぐ見据えて呼んだ。
「何です?」
「僕も嫌いだ」
「……何がですか?」
「云ってただろ、さっき」
「片月見のことかい?」
「そう、それ。――嫌いだ」
「そうかい」
「嫌いだからな」
「諒解ったよ」
「誤魔化すな」
 唇を奪われる。纏わりつく酒の匂いにあてられそうだった。
 隣にいる妻と、同じ部屋にいるいつ目を覚ますとも知れない客人のいる部屋で。
 声が洩れないよう息をひそめて強引に繰り返される口付けをただ受け止める。
「嫌いだからな」
 ゆっくりと離れた唇が紡ぐ。
 ただ密やかに約束を強請る。
「……諒解ったよ」
 背徳さと罪悪感。それらに目を瞑って自分から、一度だけ軽く口付けた。
 そして中秋の夜宴の幕が下りる。
 更け行く夜の中ひっそりと交わされた、古来の風習に倣った約束の糸で。
――THE END――


★アトガキと云う名の詫状★

 滑り込みでほんっっとにスミマセンでした(>_<) でも祭参加したかったんです祭! 秋彦祭!!
 そんなこんなで待庵の管理人・圭さん主催の秋彦祭に混じりたくて秋っぽいネタで榎京書かせていただきました。
 ちょっとどたばたしつつ榎京です。強引な榎さんに振り回されて強請られて、結局勝てない秋彦が榎さんを大切にしている以上に榎さんは京極を必要として求めていたらいいと思います。秋彦が千鶴さんかんら得ている分も、榎さんは京極に求めてたらいい。

 そんなこんなでどたばたで仄かに榎京なテイストの一作ですけれども。
 素敵な祭を企画して下さった圭様に捧ぐ。祭万歳!!


>>>Novels-KのTOPへ
>>>『clumsy lovers』のTOPへ